木曽五木で造れなかった家 

久しぶりに、信州開田高原へ。
リゾート開発が進み、ペンション、別荘、温泉、
それらを連ねる複雑な道路。それらを取り巻いて、
きれいな、昔どおりのアカマツ林。
なにやら、なつかしい感じ。マツ枯れの猛威も、
標高1,000mを越すここまでは及んでいない。

旧開田村。今は木曽町となったが、
その開田高原西原に、「山下家住宅」がある。
ここをはじめて訪れてきた。

100619s.jpg

山下家は元禄以来の馬医にして大馬主。
江戸時代には、地元特産の「木曽馬」育成に貢献したが、
大正・昭和の農村不況と木曽馬の凋落で没落。
残された立派な建物は、平成6年、長野県の「県宝」に。

この建物は慶応元年着工、
ということは、明治維新の2年前、
ということは、木曽の開田は尾張藩の治めるところ、
ということは、「木曽五木禁制令」は健在、
ということは・・・
ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスヒ(アスナロ)、コウヤマキ
御禁制の五木は、民家には使えない。

で、多く使った材は、アカマツとナラ、
大黒柱はケヤキ、座敷にはツガ。
一部二階建て切妻造、間口11間、奥行8間、

Image128山下s

屋根は、平成9年の「県宝修復」工事で、
当初の板ぶきから、鉄板ぶきに改めたのだとか。
一部に「石置き板屋根」も残して。

100619板屋根s

土蔵造の穀倉は、開田考古博物館に転用。
その展示を見れば、なんと!
旧石器時代の3万年前、
開田高原には、すでに人が住んでいたらしい。



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只木 良也

Author:只木 良也
森林雑学研究室
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